アウレリアの議会は紛糾した。街の長老たちで構成される議会は、伝統と秩序を何よりも重んじる。グラン・メトロポリスからの前代未聞の依頼は、彼らの理解を完全に超えていた。 「馬鹿げている!」 最も年長の長老、ガイウスが杖を床に突き立てて叫んだ。「我々の仕事は、この大地が与えてくださる黄金を、価値あるものに変えて外部に売ることだ。なぜ、価値が暴落したガラクタを、我々の黄金で買い取らねばならんのだ!」 「その通りだ」別の長老が同調する。「穀物など、放っておけば腐るだけ。鉄は錆び、布は虫に食われる。そんな不確かなものと、永遠の輝きを持つ黄金を交換するなど、正気の沙汰ではない!」
反対意見が嵐のように吹き荒れる中、アルトは静かに彼らの言葉を聞いていた。そして、議場がわずかに静まった瞬間を見計らい、ゆっくりと口を開いた。 「皆さんの言うことは分かります。我々の祖先は、この街の黄金を元手に、アウレリアの繁栄を築いてきた。その伝統は尊いものです」 彼は一度言葉を切り、長老たち一人ひとりの顔を見渡した。 「しかし、問いたい。我々が信じるその黄金の価値とは、一体何によって支えられているのですか?」
議場がざわめく。 「それは、外部の世界が、我々の黄金を『価値あるもの』として認めてくれているからです」アルトは続けた。「人々が金を求め、金で物が買えるからこそ、金には価値がある。もし、グラン・メトロポリスが崩壊し、大陸全土の経済が混乱に陥れば、我々の金を買ってくれる者はいなくなります。その時、この街に溢れる黄金は、ただの光る石ころと何が違うのですか?」
アルトの声に、熱がこもり始める。 「我々は金に依存しすぎていた。食料も、道具も、すべてを金で買い、自給する努力を怠ってきた。その危うさに、私はずっと気づいていました。今回のグラン・メトロポリスの危機は、我々アウレリアにとっても、自らの脆弱性を見つめ直す好機なのです」 「では、どうしろと申すのだ、アルト殿」ガイウスが猜疑の目を向ける。「無用の長物を抱え込み、我々の街を物置にでもするつもりか」
「いいえ」アルトは首を振った。「これは、単なる買い取りではありません。未来への『投資』です」 彼は一枚の羊皮紙を広げた。そこには、彼が昨夜一睡もせずに練り上げた計画が記されていた。 「我々は、グラン・メトロポリスの余剰物資を金で買い取ります。そして、それらを元手に、アウレリアに新たな産業を興すのです」 アルトは計画を説明し始めた。買い取った穀物を長期保存するための巨大な地下備蓄庫を建設する。その建設には、グラン・メトロポリスから仕事を失った技術者や労働者を雇い入れる。買い取った鉄は、新たな道具や建築資材へと加工する工房を作る。織物は、住民に配給し、生活水準を向上させる。
「我々は、金の価値を、『物』という確かな形に転換するのです。食料の備蓄は、将来の不測の事態から我々を守る保険となる。新たな産業は、金だけに頼らない、多様な経済の礎となるでしょう。そして何より、我々の金がグラン・メトロポリスに流れ込むことで、彼らの経済は息を吹き返す。それは、巡り巡って我々の黄金の価値を再び安定させることに繋がるのです」 それは、金を売るだけの街から、富を蓄え、活用し、生み出す街へと、アウレリアが生まれ変わるための壮大なビジョンだった。
長老たちは、言葉を失ってアルトを見つめていた。彼の計画は、大胆不敵でありながら、驚くほど緻密で、理に適っていた。それは、伝統に固執する彼らには思いもよらない、しかし、この街が生き残るための唯一の道であるように思えた。 長い沈黙の後、ガイウスが重々しく口を開いた。 「…若き街長よ。お主の言うことは、我々の考えを遥かに超えている。だが…その瞳には、この街の未来が見えているようだ」 彼は深くため息をつくと、ゆっくりと頷いた。 「よかろう。やってみるがいい。この老いぼれも、お主の賭けに乗ってみよう」 その一言を皮切りに、他の長老たちも次々と同意の意を示した。アウレリアの歴史が、大きく舵を切った瞬間だった。